あなたの体験談が必要とされています

詳しくはこちら

パニック障害(パニック症、PD)に関する症状

更新日:2017年11月13日

このページでは、パニック障害の治療を選択した方々の、どのように症状が現れて受診するに至ったのか?その際どのような検査や問診をしたのか?などといった、症状の発生から病気の確定までの経緯に関する体験についてまとめられています。

1-30件目を表示/全186件
  • 1995年に一度、おそらくパニック障害を経験しています。おそらくというのは、当時、そういった疾患がほとんど認知されておらず、10軒近くドクターショッピングした挙句、原因不明でした。1年ぐらい苦しんで2か月休んで、転職したのをきっかけに何故か自然治癒しました。あえて言うと半夏厚朴湯が奏功したのか?環境の変化か? それから15年、今度は、おそらく母の死をきっかけに、夜中突然パニック発作に襲われ死ぬ思いをしました。たまたま医薬品にかかわる仕事をしていた為、2010年の発作時には自分で「パニック障害」という診断をつけることができ、翌日早速、心療内科に予約の電話をすることができました。予約の日までの1週間が地獄で、家に入るのが怖い、さらに箱の小さい風呂なんて全く無理、無理して入ってシャンプーで泡だらけのまま飛び出して、嫁を驚かせたことも・・・夜も予期不安で怖く、寝ることはもちろん夜そのものが怖かったです。だけど、自己診断は見事的中し、ドクターショッピングなしで今度は早期からSSRIによる治療をはじめられたため、早期に寛解状態に入ることができました。2年近く発作もなくパキシル5mg/日だけ予防のため服用して治療終了かという段階で、今度は自身の大腸がんが判明しました。がんは早期で助かりましたが、おかげで精神的に不安定になったのをきっかけに今度は、自律神経のバランスを崩してしまい、現在に至っています。 SSRIの服用はずっと続けているため、大きなパニック発作はこの7年間一度も起こしていません。ただ、一旦乱れた自律神経の残遺症状がひつこく、今はSSRIと抗不安薬による治療(予防)を続けています。
  • それは突然の事でした。 普段から通っているラーメン屋で食事をとっていて、その後急ぎの用があったため若干急いで食事を終わらせたところ、強烈な吐き気に襲われ、トイレに駆け込みもどしかけたのですが喉元でとまってしまい上手く吐く事が出来ませんでした。 それからというもの吐き気に対して強烈な恐怖心を抱いてしまい、それまではほとんど意識した事のなかった公共機関や人の多い所で吐き気に対する恐怖を覚えるようになり、次第に車や逃げられないような状況での緊張する場面で吐き気から動悸が起こるようになり、まともに日常生活を送るのも困難になっていきました。 最初は喉になにか異変があるのかと思い胃カメラや(入れるときに吐き気が起きてパニックになり過換気症候群を起こしました)ctを撮ったりしましたが特に異常はなく、先生から精神的なものだろうということでデパスを処方されました。 抗不安薬にかなり抵抗があり処方されてからもしばらくの間飲むのをためらっていたのですが、どうしても耐えられなくなってとりあえず飲んでみると驚くほど体が楽になり吐き気の症状もあまり出なくなりました。 ですがデパスは効果時間が短く処方された薬も一週間分ほどだったので悩んだ結果心療内科での受診を決断し、そこで嘔吐恐怖症からのパニック症候群と診断されました。
  • 2015年春 背骨の中心の痛み、背中の筋肉の痛み、腰痛、肩こり、目の奥からくる頭痛、慢性的な耳鳴り、鼓膜が裏返る?水が入ってるような感じになる事が多くありました。悪夢は2年ほど前からほぼ毎日見ていました。(慣れてしまっていた) 2015年秋、就寝時に初めて呼吸が浅くなり、肺が半分位しか使えない様な苦しい症状が出ました。胸や喉の辺りが詰まる感じ、動悸、脈が飛ぶ、手足の冷え痺れ。はじめてこのまま死ぬのかもしれないと思いました。 救急外来へ行き、心電図、肺のレントゲンを撮ったが異常なし。ストレス溜まってますか?と言われて終了。確かに仕事、家族、婚約者等のストレスはありましたがそこまで自覚はありませんでした。 数日後再度発症し、またタクシーで救急外来に行きましたが異常なしと告げられました。翌日循環内科に行き、ホルター心電図で24時間取りました。結果異常なし。 その後は電車が怖くなり、通勤が辛かったのを覚えています。大袈裟かもしれませんが、私の見る世界が変わりました。寿での退職が決まっていたのが唯一の救いでした。 最後の出勤の日も、退職のご挨拶等を送っている時に発作が始まり、焦燥感とこのままここに居ると酸素が無くなり呼吸が出来なくなるといった感覚になり、慌てて仕事を終わらせて帰りました。退職にあたりやり切った気持ちや、情けない気持ちで泣きながら家に帰りました。 その後も不正脈、胃の辺りの脈が大きく感じる、突然の不安感、漠然と涙が出る、パニック、焦燥感、不眠症等の症状で苦しみました。 別の病気で入院した時に紹介状を頂き、引越し先での循環で再度ホルターを受けましたが、不整脈はあるが治療の必要のない程度と言われました。 自律神経失調症、パニック障害の可能性を考え、2016年の9月頃から心療内科に通院しています。
  • 仕事が手につかなくなり、物事の判断・決断力がなくなってしまった。また車の運転も十分できなくなり外出するのもままならない状態に陥ったため思い切ってメンタルクリニックを受診した。診断はパニック障害に不安症、うつ病の併発だった。
  • 自転車に乗ると過呼吸になる頻度が増えてきて、不安になり自転車に乗ることができなくなった。その後めまいの症状が出てきて 子供の学校の行事等、人がたくさん集まるところが苦手になり避けるようになっていきました。日常生活が普通に送る事が困難になり受診しました。
  • 朝の通勤の際、満員電車に乗ると過呼吸と吐き気を起こすようになりました。次第に朝家を出るだけで苦しくなり、動けなくなることが増えました。内科の薬では改善せず、発症から半年後に心療内科に行ったところ、パニック障害と診断されました。
  • 私もパニック障害があり、抗うつ剤、抗不安薬を服用しています。抗不安薬は、アルプラゾラム、エチゾラムの2種類を処方されていますが、どちらも6錠ずつまで飲める事になっていて、自分の体調を見ながら調節して、なるべく、エチゾラムの方は服用しなくてもいいようにして、アルプラゾラムで調節しています。しかし、なかなか難しいですよね。体調がいいなっと思って減らすと、ガツンと大きな発作に襲われてまた増えてみたり、不安ばかりですよね。私は、生理前から悪くなる兆候にあるため、生理前は減らさず、ガッツリ服用しています。しかしそれでも、生理後も慎重に減らしていきます。何かお役に立てるでしょうか?
  • 上長の判断で歳上の先輩より自分がリーダーとしてチームで仕事をしていくことになり、横からその先輩からダメ出しや注意を受けるうちに寝る前に動悸が激しくなる日が増えた。さらにどうしてもやりたくないプレッシャーがかかる仕事を担当することが決まった。ある日電車に乗ると貧血のような血の気が引いていくような感覚と息苦しさを感じたので電車を降りた。貧血だと思っていたが次の日の快速電車で過呼吸になり、コントロールできない恐怖感と不安感に襲われてやっとのことで電車を降りた。おかしいと思いつつ週末、昼間は公園にお弁当を持って出かけ、夜はゆっくりお酒など飲んでリフレッシュし、就寝した。しかし朝方急に息苦しさで目を覚ますと急にものすごい恐怖感に襲われ一緒にいた彼にすぐに電気をつけてと何度も叫び、過呼吸のためビニール袋を口に当て呼吸を整えようとした。おさまってくるとまた不安感が押し寄せ、二時間は続いた。いつ終わるのがわからない怖さからとうとう救急車をよんでもらい、昼間心療内科に行きソラナックスをもらい、その後近所の病院に変え、現在治療中。
  • 花粉症とデスクワークで目と肩の疲労で体が疲れを感じていた4月下旬ごろ、勤め先の近くで、めまい・息苦しさで倒れてしまい救急車で運ばれてしまいました。病院では、血液検査・CT・心電図、異常なしと言われ、私も点滴をしたら3時間後ぐらいには体調がよくなったので入院することもなく自宅に帰りました。 その後、2,3日はめまいがしていたのですが、良くなってきていたのでただ疲れていただけなんだなって思っていました。 ところが、5月3日(ゴールデンウェーク後半突入)の夜に急にげっぷ出て、痰がからむような息苦しさに襲われたので、心配になり、夜間休日の診療所に行きました。そのときは、のどが少しはれているのでこちらのせいかもしれませんと言われ、風邪薬と痰の薬をもらい、自宅に帰りました。しかし、その発作的な息苦しさは何度かおき、ついに5月6日、いままでにない苦しさをで立てなくなり夫が救急車を呼び近くの総合病院に搬送されました。 もちろん今までの経過を説明し、肺のレントゲンはとっていなかったので検査してもらったのですが 、異常なし。きちんと酸素も空気も吸えているっと言う説明。先生は精神的ものかもしれないので、心療内科で受診してください。といわれました。一応次の日の休みということあり、発作が起こった時に飲む頓服薬をもらい、自宅に帰りました。 月曜日(5/8)に心療内科を受診した際に、全ての経緯を話しました。すると先生から「典型的なパニック障害ですね」 と診断されました。聞いた事はある病名だけど、私が・・・・って言う感じでした。
  • 10代の頃から、歯科・美容室のシャンプー台などの拘束される場所や身動きのとれない場面で心拍が速くなり、不安感に襲われるという症状がありました。20代になってから通勤の電車や仕事中にパニック発作が起きるようになり、仕事に支障を来したため内科を受診しました。 心電図検査・血液検査に異常がなく、様々な分野に詳しい総合診療医からパニック障害と診断されました。
  • 息苦しさから始まり、心拍が上昇し、急に指先がこわばり、こわばりがひろがって両手が動かなくなりました。 こわばりとしびれが指先から手、肘まで広がっていき、呼吸もどんどん苦しくなり、夜間救急を受診してしまいました。主人は早朝から会社、帰宅も夜遅く、両実家から離れての二人の子育てで、今思えば精神的に追い詰められていたのだと思います。歩き始めたばかりの下の子が上記の症状が出る一か月ほど前、耳かき棒を持ったまま転び、目にささりそうになったかと思い、胸が凍りついたことをはっきりと覚えています。その日から、まだ歩くのもあやうい下の子と、イヤイヤ期まっさかりの上の子から一切目を離せず、また、下の子は夜中の授乳に加えて毎朝5時前に目を覚ますため睡眠も十分にとれず、心が張りつめた状態が続いていました。救急についてからは脈拍、酸素濃度、聴診器を当てただけで、異常もなく、「若いからね。」と言われ、3粒の錠剤を渡されて終わりました。それから数日後、子育て支援センターのイベント、『子供のおやつを作ろう』の調理実習の最中、2度目の発作が起こりました。突然の胸のざわつきと心拍の上昇、汗がどっと吹き出し、手がしびれて震えました。ママ友に知られたくなく、その一時間はなんとかしのぎ、主人が帰宅してから病院へ行きました。その先生から「パニック障害」の言葉を初めて聞きましたが、詳しい説明などもなく、数日分の薬を渡されただけで終わりました。その数日後、再び同じ症状が起こりました。この状態で二人の子育ては困難と感じ、2か月ほど実家に帰省し、心療内科に通院し、帰ってきてからは帰省前とは別の心療内科へと通院しました。
  • 突然、不安がひどくなり発作やめまい動悸が激しくなり自分がなんの病気かわからず色んな病院に行きました。本当に数知れないくらいに行きました。最後には脳のCTスキャンまで撮りました。そこで言われたのが精神内科に行けと言われ飛び込んだ病院でパニック障害だと言われました。
  • 2015年5月、通勤で満員電車に乗ると、吐き気や過呼吸を起こすようになりました。次第に電車が怖くなり、各駅停車でゆっくり通勤するも、症状は変わりません。やがて6月には自宅や職場でも発作を起こすようになり、市販薬では改善が見込めず、8月に心療内科へかかりました。転職・対人関係によるストレスから来る、パニック障害と診断されました。
  • 初めて症状が出たのは、1999年12月でした。バイト中体調が悪いと思いながらも終え、その帰宅途中の地下鉄で強い不安感や気の遠くなる感じ、過呼吸などの症状が現れました。自分がどうなってしまうのか本当に怖く、途中の駅で降りて乗ってを繰り返し、なんとか帰宅しました。その後もまたあの症状が出たらどうしようとどうしても考えてしまい、どんどん症状が悪化しました。2週間程経った頃、このままでは本当に日常生活を送れなくなってしまうと思い、当時は偏見の強かった精神科を受診することにしました。公衆電話のタウンページで探したのを覚えています。そして自転車でなんとか日赤病院へ行き初めての診察を受けました。それから2ヶ月くらい通ったものの、学校を卒業と共に地元に戻ることになっていたので、症状も緩和していたこともあり病院通いをやめました。結局、地元で生活し出して一年半くらいでぶり返し、今度は別の心療内科に通うことになりました。しかしこちらの医師の出す薬は私にはあまり効かず、良くなったり悪くなったりを繰り返しました。効いてないことを訴えても続けて飲んでと言うだけで、ひどくなると薬を変えるのではなく増やしていくというやり方で不信感が募りました。当時は地元に他に心療内科がなかったので仕方なく2年は通いましたが、その後思い切って別の病院に転院しました。その病院の医師は、初診からすごく気遣ってくれてまずその優しさに感動しました。前の病院の処方薬を見せると、これは全然見当違いの処方だとおっしゃいました。それからそちらの病院でお世話になりました。
  • その日は少し寝不足で朝から動悸がするなあと感じていました。なんとなく不安は感じていましたが、仕事に行く為に車に乗りました。しかし、信号でとまる度に動悸がどんどん早くなり不安感も増していきました。息苦しさも感じていたため、そのまま仕事を休んで病院に行くと、心臓には特に異常がなく「精神的なものでは?」といわれたため、心療内科を受診しました。心療内科の先生は私の話を聞き「典型的なパニック障害です」と診断されました。
  • 頭痛、めまい、吐き気が続き、ある日満員電車の中で気分が悪くなり倒れました。その後も体調が良くならず、内科へ。そこで色々と検査をしましたが悪いとからが見当たらず、心療内科を紹介されました。そこで、パニック症と診断されました。
  • 最初の症状は、満員電車に乗っている時にいきなり原因不明の過呼吸になりました。 立っていることが出来ずに倒れ込んでしまいました。 そして、気付いたら駅のホームに寝かされていました。 それがきっかけで、人の多い所に行くのがとても怖くなりました。 そして段々学校も行かなくなった私に、その通っていた学校の部活の先輩が心配してくれて、私に小石川クリニックで診てもらってきなさいと言ってくださったので渋々行くと、診断の結果は 「あなたはパニック障害という病気ですね。」 と言われました。 まだその当時は軽度だと言われました。 すぐに処方は出されました。
  • うつ病との併発でした。ある時電車の中で気分が悪くなり、次第に呼吸が荒くなりました。手や顔が痺れ、吐き気も強くなり、もし吐いてしまったら大迷惑だという恐怖からパニックを起こしました。強い憂鬱感などもあったため心療内科に行くと、仕事のストレスから来るパニック障害と診断されました。
  • 当時付き合っていた方からおかしいと言われ心療内科を受診 パニック障害の診断を受ける 服用治療を開始
  • 最初は満員電車に乗るのが苦しいと感じる程度で、やがて閉鎖的で他人がいる空間(特に乗り物の中)にいると動悸・焦燥感がひどくなるようになり、気分が悪くなったりお腹を壊したりするようになったため、病院に行ったところ、パニック障害と診断されました。
  • 子供も夫も三人ノロウィルスにかかり、最後に私だけが治りきらず、でも家事もやらなければならない子供の面倒もみなければならなく、焦っていました。吐き気もあり、ベットでねていると天井がグルグルとまわるようになってきて これはだめだとおもい、起き上がり腰かけていると、息苦しくなり、息を吸い込んだり吐いたりするのがあさくなりました。そうしていると、だんだん左の指先からしびれてきました。つぎに、足の指先もしびれてきて反対の右側も徐々にしびれ、最後に指を曲げると曲げたままの形で固まってきて動けなくなりました。子供もみていたので動けるうちに義父をよんで病院まで運んでもらいました。先生は手足の固さ、冷たさ、脈拍をみてすぐに、紙袋を顔から外れないようにテープではり、ゆっくり呼吸をするように指示しました。また、体も温めて点滴をしました。症状がおさまってからパニック障害と告知されました。
  • 8月の暑い日、好きなミュージシャンのファンクラブイベントでライブハウスに行った時が最初だったと記憶しています。スタンディングだった事もあり、急に貧血に似た血の気が引く、脂汗が出るというような症状が出て急に目の前が真っ暗になり、酸素が薄く感じられ、呼吸が苦しくなるという感覚に襲われました。 その時には貧血だったのかなという感じでそれほど重くも捉えていなかったのですがその後、マンションの目の前にあるスーパーに買い物に行った時にレジに並んでいる時に動機が激しくなったり、度々そういう症状が出るようになり、美容室に行っても息苦しくなったり、バスや電車に乗る事も怖くなっていきました。 最初はネットで色々調べて自分の症状からして「パニック障害」の特徴・症状とほぼ一致していてあ~自分はこの病気なんだなと確信したのですが心療内科や精神科を受診するという事は自分が駄目な人間になってしまったような気がしてとても怖くて時間がかかりました。 しかし、当時3歳の子供がいた為、このまま家から出れず、まともな日常生活が送れないままだったらいけないと決意し、女性と子供に優しいと謳われている心療内科を受診しました。 俯き、緊張状態でいた私に先生は「パニック障害になりやすい人の特徴として親の愛情をうまく感じられずに幼少時代を過ごしてきた方や性的虐待を受けてきた方に多かったりはします」と伝えられました。その後に「でもこの病気にかかった人はあなただけではないんですよ。芸能人の○○さんも○○さんも同じ病気で苦しんだ経験をお持ちなんですよ」と具体的にテレビで活躍されている有名人の名前を挙げてもらった事がその時には非常に救いとなり、気持ちが少し軽くなった事を覚えています。
  • 初めは、仕事に出勤しようとすると、いろんな不安に見舞われることから始まりました。電気は消したか、窓は閉めたか、玄関の鍵は閉めたか…。また、当時、実家のあるところよりも南に車で2時間くらいかかるところに引っ越ししたこともあり、初回の診断では、環境の変化によるものだとの事でカウンセリングのみでした。 その後、隣駅であっても電車やバスに乗ることができなくなってしまい、1ヶ月後くらいに乗りものに乗っているのも辛く、呼吸することも辛いので…と説明し、環境の変化によるパニック障害と深刻されました。
  • 2013年4月に朝急に激しいめまいがして、立ち上がれなくなりました。数時間しても治らず、近所の内科を受診しました。その際は、メニエールだろうといわれ、薬を処方してもらいました。しばらくは家でおとなしくしていたのですが、子どももいたので、外出することも多々ありました。あまりに深く考えたり、するとめまいがする気がして、ゆったりと過ごすことを心がけましたが、2014年5月に今度は運転中に激しい動機、じっとしていられない状態になり、また同じ近所の内科を受診しました。すると良性発作性頭位めまい症といわれ、同じ薬を処方してもらいましたが、今度はよくならず、病院の待合にも入れない程ソワソワしてじっとしていられなくなってきました。 知り合いに紹介してもらった、漢方を使って治す内科へ行くと、自律神経失調症と言われました。そして漢方を処方してもらいました。子どもと二人きりになると緊張し、落ち着かなく、息がしにくくなるので、ほとんど外に出ていました。しかし車や新幹線なども乗れず、建物内も落ち着かないので、公園などを中心に出かけていました。公園でも動悸がすることがあったのですが、知り合いにあって話をしだすといつの間にか落ち着いていました。 漢方も効いたのか効いていないのかわからないくらいで、2014年12月に総合病院にて脳や心臓、耳鼻科など、しっかり調べてもらいましたが、原因不明でした。そこで、2015年3月に心療内科を受診し、パニック障害と診断されました。薬はいくつか変わりましたが、今では緊張したり外出できないということは、ほぼなくなりました。
  • 仕事をしている時、急に泣くことが増え、心療内科を受診しました。 受診した時は「泣く」という症状のみだったのですぐに診察が終わり、特に何もなく終診となりました。そこから次は寝つけない・朝方目が覚めて眠りにつけない・動機・集中力の低下など、様々な症状が出てくるようになり、なんなんだろうと悩みながら過ごしていました。 ある時、私の中でストレスの許容範囲を超えた出来事が起こりました。デスクに座っていることができず、トイレに駆け込むと、泣き叫び、身体が強張り、呼吸が出来ず意識が朦朧とし、自己分離感に襲われ、私はこのままだと「死ぬ」と思うぐらいの発作が起きました。 どうにかして冷静にならないと思うとそれを拒むようにまた発作が起き、の繰り返しでトイレから30分出ることができませんでした。それから発作が頻繁に起きるようになり、酷い時はデスクに座るだけで起きていました。 家族に相談し、総合病院の精神科に受診。パニック障害という診断で治療をスタートしました。
  • 息苦しさ、めまい、電車に乗っているだけで、体験したことのないような、車酔い症状が起きるようになり、病院などでも、急な発汗や息苦しさ、言葉がうまく出てこないことを感じ、通っている心療内科で症状を相談しました。
  • それは突然やってきました。ある時、電車に乗って彼氏と出掛けるところから始まりました。出掛ける時間が近づくにつれ、吐気がしてきて無駄に緊張してました。 もともと、乗り物酔いしやすかったので、電車に乗るという事を考えて気分が悪いのかと思ってましたが、実際に電車に乗っていると、扉が閉まるたびに気持ち悪さが増し、心臓がバクバクしてきました。 彼氏に事情を話して、目的地まで何度か途中下車を繰り返し、気分が少し良くなったら乗るの繰り返しでした。 いつもの乗り物酔いとは明らかに違うと自分の中でわかりました。 それから、症状は電車だけでなく、学校にまで影響が出るようになり、体調不良で休みがちになりました。体重も激減。そして、彼氏の勧めもあり、メンタルクリニックに初めて行く事にしました。普段の症状を伝えるとパニック障害と診断されました。 それから良くなるどころか、年々酷くなり、今では仕事も辞め、スーパーにも行けず、家に閉じこもってます。幸い、仕事を辞めるほど酷くなる前に結婚をして、1人の息子もいます。 それでも、今でもこの人生自体がプレッシャーになり、死ねたらどんなに楽だろうと考えます。 現在は薬の量を増やしていますが、効いているのかいないのか…わからないです。 パニック障害と、広場恐怖症を患ってますが、一生うまく付き合って行くしか無いのかな…と思ってます。
  • 仕事でトラブルが続き、大きく環境が変わった時に胸の痛みが始まりました。胸の圧迫感や息苦しさから心臓や肺の病気を疑い、内科を受診しました。レントゲンや心電図をしても特に異常はなく、原因不明で毎日不安でした。このまま死ぬんじゃないかと思うと夜も眠れなくなり、友人に相談したところパニック障害ではないかと言われ心療内科を受診しました。胸の圧迫感と息苦しさと死の恐怖からの不眠はあるけれど、人混みや電車に乗れる事から、軽いパニック障害とのことでした。
  • まずは突破性難聴から始まり、耳の聞こえない不安感から焦りが出はじめ、過呼吸発作をおこしたことをきっかけに一日中不安感から逃れられない苦しい日々を送ることになりました。家から出ることも怖い。仕事に行っても恐怖で手がふるえるなどの症状に悩まされました。恐怖心がピークに達し、今度は息苦しい。のどの異物感に悩まされることになりました。パニック障害の人に多い、電車での閉塞感、恐怖心。全て経験しました。 よくなっていくどころか日に日に辛い症状が増えていく。 初期の頃は体中が重く、顔もひきつり空がおちてくるようなイメージの重たい感じでした。単なる体調不良ではないことに気がつき、心療内科に初めていきました。医師からも、かなり症状がひどくなってきているので、仕事は辞めるもしくは休むこととの忠告をされました。 極力、仕事や日々のことを頑張りすぎないように体をやすめることをアドバイスされ、投薬治療をしばらくしてみることになりました。
  • 高校3年生の時に初めて急に何とも言えない不安感が出てきました。 それ以降、その不安感が度々現れ、加えて呼吸がしづらい状態もあり、母に連れられ心療内科に行きました。 医師からは特に酷い状態だとは言われませんでしたが、その時にパニック障害だと言われました。

もっと読む