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認知症(アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭葉側頭葉変性症)に関する症状

更新日:2017年05月10日

このページでは、認知症の治療を選択した方々の、どのように症状が現れて受診するに至ったのか?その際どのような検査や問診をしたのか?などといった、症状の発生から病気の確定までの経緯に関する体験についてまとめられています。

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  • 物忘れが激しくなり、鍋をこがすようになった。 電化製品の使い方がわからなくなった。 徐々に、進行が進み、買い物のあとに、迷子になるようになり、在宅では過ごせなくなる。 施設入所し、その後も進行。幻視や不穏が続き、医師からレビー小体型認知症と告知される。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 祖父が認知症になり始めた頃、 『自分の事が良く分からない』と 話すようになった。特に普段の生活で おかしいことがなかったので気に 止めなかったのですがその頃から進行が 始まっていました。最初に気づいたのが祖母で飲んだ薬を覚えていないと言う事が続き疑問を感じて病院へ行きました。診断は認知症の既に中盤にさしかった状態でした。その頃気づいたのが新しい記憶から消えていくと言う事でした。 そして、薬を処方され自宅療養が 始まりました。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • もともと物忘れが多いタイプでした。まず調理ができなくなり、日時が覚えられなくなりました。認知症かな?と思い始めたのは、父を亡くしてから。幻覚、幻聴があるにも関わらず本人は幻とは、思わないので家族が取り合わないと、『聞いてくれない』と不満を言い続けました。夜中でも不安なことがあると、家族を起こしにきました。自分の気がすむまで話し続け、最後は何を言いたかったのかわからなくなりました。一人では、食事をすることを忘れてしまい、薬の管理が必要になりました。起きた時に、自分の居場所がわからなくなり、家の中を歩き回るようになりました。電化製品の使い方がわからなくなり、使うたび説明を求められました。おしゃれが好きだったのですが、衣服を構わなくなりました。着る順番や季節感もだんだんおかしくなってきました。常に探し物をしていて、片付けるつもりで、しまった場所がわからなくなりました。留守番ができなくなり、常に家族の後を追いかけるようになりました。この時点で内科の主治医が認知症の疑いありとのことで、MRIを撮りました。海馬のところが特に萎縮が進んでいて、認知症との診断が下りました。専門医を紹介され、治療薬を服用しました。認知症にまちがいないが、アルツハイマーなのかレビー小体型なのかは調べることもないと言われました。薬を飲んで数時間は、思考がクリアになり少し改善が見られることもあり、自発的に家事も行うことができました。しかし、夕方以降は効果が減少するためか、言動がおかしくなることがよくありました。自分のベッドを見て、人の布団しかないから寝るところがないとか、自宅にいることがわからなくなり、ここの責任者は誰か?何かあったら誰に言えばいいのかと常に気にしました。短期記憶もだんだん失われ、実家にいた頃の記憶で話をするようになってきました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 物忘れが激しくなり、常に物を探している同じ事を何度も聞くなど家族や他人からの指摘が増え 高熱を出し病院に行った時に自動車を壁にぶつけたまま停車したり点滴を受けるが、点滴をカバンに入れて帰ろうとしたり失禁にも気付かない状況があり頭部を打っていないかCTを撮ってもらうも外傷はなく、脳の萎縮が疑われるということにより認知症の専門病院を受診することとなりました。検査結果は前頭葉の脳の萎縮があり、他の検査の結果も踏まえ軽度のアルツハイマー型認知症であると本人も一緒に告知を受けました。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • 最初は、ほんの物忘れ程度の症状でした。人の名前が出てこなくなったり、物の場所を忘れてしまうなど、誰しもありがちな様子だったので、まさか認知症の初期症状だとは思っていませんでした。そうするうちに段々と物忘れがひどくなり、物の名前や物を置いた場所を忘れてしまうので、「誰かが財布を取った」などと言う様になりました。さすがにおかしいと思い、精神神経科を受診。初めて認知症だと言われました。しかし、まだ徘徊などの症状は無く、しっかりしてる時もあったので、認知症の初期だろうと医師からは告知されました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 軽度の物忘れが目立つ様になり、日付や時間、自分の年齢など明らかにおかしな発言が見られる様になりました。また以前は温厚であった性格が一変し、カッとなって怒る等の言動が目立って見られる様になりました。次第に尿失禁や便失禁を繰り返す様になりました。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • 買いに行ったものを忘れる、少し前に頼んだことを忘れるなど、同居の家族が物忘れがひどくなったことに気が付き物忘れ外来を受診しました。 はじめは、家事や日常のことをすべてこなしていたため、本人が物忘れ外来を受診することに強い拒否がありました。ただ、物忘れがひどいことに対する不安は本人にもあったようで、不調を訴えた時などに軽く受診を促すなど、半年くらいかけ、薬を飲むことで症状が治まるならと納得して受診に至りました。 いくつかの検査と画像診断(CT)で、脳血管性とアルツハイマー型の混合型の認知症と診断されました。 また、脳血管性の場合は糖尿病のことが多いということで、検査の結果糖尿病とも診断されました。脳血管性の認知症は、どれだけ糖尿病を抑えられるかで、進行速度が変わってくるとのことで、専門医で糖尿病の治療も併せて行っています。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 私の父親が認知症と診断されたのは2007年10月頃でした。 きっかけは高速道路を逆走した時から警察官の方から「もしかして認知症と疑いがあるのでは?」という電話がありました。それを聞いた時にはショックでした。地元の大学病院に「もの忘れ外来」があったので、そこで調べてみることにしました。そこで調べてみた結果「中度の認知症の疑いがある」と診断が下されました。 以来、私達家族に試練が待ち受けていました。私はもうひとり病気にかかっていた母親の介護と家の手伝い、更にはクリーニング店の店番を一手に引き受けることになったのです。 父親の介護は壮絶を極めるものでした。私がご飯を炊いたのに限らず全く口にしなかったのです。そして時間がたったあと「ご飯」と言っていました。 また1階の部屋には領収書などの書類が散乱していたところは今でも思い出してしまいます。私が片付けようとすると「俺は今仕事しよるっっちゃけん!」と言いながら、ゴミをはさみと切り刻んでいました。また、父親が金銭管理が難しいので私が代わりに金銭管理をしたら「お前!俺の年金を盗んだろうが!」と言いながら私に暴力も受けました。その度に三兄に携帯電話で助けを求めたのも何度かありました。 更には「自転車が欲しい!」と言って聞きませんでした。また父親が出かける際には、必ず私が付き添っていました。叔母のアドバイスでは「名札を付けなさい」と言ってくれましたが私も鬱病にかかり、そこまでの余裕がなかったのが、正直な感想です。「認知症にかかった人間の言葉を全否定するのではなく、ありのままに接した方がいい」と義姉からアドバイス受けました。ただ、頭ではわかっているものの、私もひとりの人間なので感情的に接してしまうのがたびたびあったのが現状でした。 読者の中には、共感出来る部分があるのではないでしょうか?私の介護体験読んで参考になれば幸いです。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • 症状が現れたと感じたきっかけは、人相・人格・言動が変わっていった事です。もともとアルコールを過剰に飲むのでアルコールを飲んでからの人格はいつものことと思っていたのですが、眼がすわり・暴言・攻撃的な発言・怒りの顔が日に日に酷くなり被害妄想・記憶のすりかえなどが目立ちはじめていきました。 もしやと思い受診をさせたいと思ったのですが、母は病気ではないと頑なに拒否。むしろ勧めた私は攻撃対象になりました。受診させることができたのは母には行きつけの病院がありました。わたしも面識があったので医師に相談しようと思いました。 専門外の医師ではありましたが、親身に聞いてくださりきっかけを作ってくださいました。私の言うことを聞かないなら母が信頼している方の力を借りられればと藁をもすがる思いで相談したのは正解でした。年齢的なこともあって今後が心配なので今のうちに身体の検査をしてみないかと母が検査を受けてみたくなるように促してくださったのです。 紹介状を書いてくださり大学病院でMRIをとることが出来ました。大学病院の医師の診断によると脳が萎縮をし始め認知症がはじまっているという画像でした。長谷川式というテストも母はできませんでした。記憶がこんなにも出来なくなっていたのかと正直ショックでした。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 普段はいつもの様に生活していましたが、ある時、買物へはいつもの様に行き、帰ってくるのですがいつも同じ物ばかりを買ってきていることに気づき、冷蔵庫の中を見たら、卵のパックが3パックもありという事がありました。おかしいと思い、病院は嫌いな人ではなかったので素直に行ってくれました。医師からの診断は軽度の認知症という事でした。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 最初は物の置き場所を忘れるなどの年相応の物忘れをし始めたなと思ってたぐらいだったんですが、段々出かけても迷って帰れなくなり、近所の人に家まで送ってもらったなどの症状が出始め怪しいと思いました。本人は「自分はボケてない!!」の一点張りで全く話を聞いてくれなかったので、離れた所に住んでいる叔母も巻き込み、付き添いとして来てもらい、念のため検査をその場でするというようにして調べてもらいました。 家族に、脳の委縮があるし多分認知症だろうから薬を出しますと言われ、薬を貰い始めました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • いつもあちこち痛いと訴える祖母でしたので、近所の整形にずっと通院していました。 そこでいつもは原因も話していたのが段々何で痛いのかも分からず、怪しいなっと思ったのがきっかけでした。 高齢な事もあり、一般的な初期レベルでの段階での治療に入りました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 自分の祖母なのですが、「物忘れがひどくなった」「探し物が多くなった」「同じ話を何回もする」「家族の名前がすっと出てこなくなった」「出かけた先から帰ってこれなくなった」などの症状が出て発覚しました。 もともと忘れっぽい祖母だったので、気づくのが若干遅れたかな?という気がします。医師からも認知症と診断され、要介護の判定になりました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 私の祖母の事なのですが、私が中学生の頃からすでに始まっていなのかもしれませんが、私が遊びに行ったりしてもよその子が来てると思ったなど怪しい節はたくさんあったのですが孫が成長して気づかないのは仕方ないくらいにみんな思っていました。 ところが私が高校生のころ両親が離婚しなかなか様子をみに行くことができずに父親がたまに様子を見に行くと日に日に家の中が汚く整理されていなかったりと様子がおかしくなっていったそうです。布団にお漏らしをしてそのまま寝ていたりとあまりにも酷くおかしいので病院へ行くと「認知症」と診断されたそうです。その後持病の糖尿病が悪化し入院してしまい、お見舞いへ行くことができたのですがその時にはかなり進行しており数分ごとに「あんたー誰かいね?」と聞くようになっており、我慢などもできず点滴をぬいたりと大変な時期があったそうです。しばらくして病気が落ち着き退院となったのですが父親も働いているため面倒がみれないとのことでグループホームへはいることになりました。退院の際私もグループホームへ行くために付き添いをしたのですが、その頃には少し落ち着いていたのか祖母は穏やかでした。その後しばらくして肺炎となり亡くなってしまったのですが、グループホームへ荷物を引き取りに行った時ホームのスタッフさんからパーカーを渡されました。 「このパーカーおばあちゃんがとても大切にしてたんですよ。お孫さんから借りたものだからってー」と言われました。 それは私がグループホームへ移る際に祖母に貸したパーカーでした。認知症だった祖母はその事はしっかりと覚えていてくれたみたいでした。とても嬉しかったです。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 最初は同じことを短時間に何度も聞き返すことから始まりました。次第に食事を忘れ、トイレに行けなくなり・・・日常生活の様々な場面で影響が出るようになり、心配になって認知症外来を受診しました。かんたんな問診と簡易的なテストと、CTを取り認知症の確定診断に至りました。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • 同居しているわたしの祖母です。とても活発で社交的な祖母でした。ところが2年前のある日から夕方になるとそわそわしはじめるようになりました。それと同時に物忘れが激しくなり病院を受診。軽度の認知症であると診断されました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 認知症の症状が明らかに酷く感じるようになったのは、 祖母がショートステイ先で体調不良になり、一カ月間入院をした頃です。 元々ものボケがありましたが、言葉や感情の表現の変化、幻覚のようなもの等、その他にも認知症で起こりうるような事が続き、今年の1月に医師に診てもらうようになりました。 医師には「一カ月間入院した事が原因により、自宅での生活と比べて寝たきりの状態が続いた為、認知症が急速に進んでいった」との診断を受け、それと同時に受けていた介護度も2から5へ変更されました。 その為、介護ヘルパー、訪問看護師、ショートステイ等も頻繁に利用し、家族への介護負担を減らすようになりました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • だんだんと同じ事を繰り返し話すようになり、物忘れもひどかったので、私のすすめで受診。認知症のテスト、CT、MRIでひっかかったので、認知症と診断されましたが、まだステージ的には軽い段階とのことでした。告知は本人、家族にされましたが、本人は数日後には忘れている様子でした。進行具合は、治療のおかげか比較的穏やかです。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 私の祖母が認知症を発症しました。初期症状としては、まだ使い切っていないのに同じものを何度も買ってくる、自動車運転事故を度々起こすといったことがありました。家族はもちろん異変に気付き免許証は返上させましたが、本人は自分に異変が起こっていることに気づかず、車を取り上げられたと言って不満そうでした。それからしばらくして会話が通じにくくなったり、家族の名前を思い出せなくなったりといった症状が出始め、受診に至りました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 94歳の祖母が自宅で手押車で移動中に転倒し、大腿骨頸部骨折をし入院、手術をしました。元々認知症が少しあり、同じ質問を何度も繰り返す祖母で、手術から1週間後お見舞いに行った時には認知症の症状が少し進んで以前よりも会話が噛み合わないかな、といった印象。しかし、その後1週間経たないうちに、夜叫ぶようになった、1人でベッドから降りようとして転落した、夜はナースステーションで観察するようにしている等認知症が進んでいる様子が伺えました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 祖母は元々、身体が弱く毎週決まった曜日に透析を受けに病院へ行っていました。 ある日突然、透析のない日に1人で家の外に出てお迎えを待っていたんです。 「今日は透析ないよ。」と声をかけると最初は笑顔で「そうか。勘違いか。」と言っていました。 それが気付いたら笑顔もなくなり、私が声をかけても「誰や?」と言われたり母や姉と名前を間違えられたりしました。 病院で相談をすると「認知症ですね」と言われました。治療をしたくても祖母はそうすでに他の治療の薬を飲んでおり併用は出来ないと言われてしまいました。 ですが、リハビリで祖母の体力もあるので少しの会話や文字を読んだりと簡単な内容はしていただけました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 初期症状としてまず現れたのは尿失禁をするようになりました。 オムツを着用するようになりましたが、日によって尿失禁をする日もあれば、しない日もあるなど、まばらだったのですが、毎日になってきたので、主治医のもとに相談に行きました。 主治医により認知症の検査を行い、50代の時に脳梗塞を患っていたため、脳梗塞性の認知症を認めると言われました。 その後、徘徊、家族への暴力行為が頻繁になり、デイサービスを利用し、老人保健施設へと入所しています。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • あれ?おかしいなと思ったのが、急性アルコール中毒になったことでした。お酒を飲んだことを忘れて次から次に飲んだことが原因でした。 それから今日は何曜日?と1日に5回程聞くようになり、認知症の症状が現れてるなと確信しました。 家族で話し合い、病院を受診する頃には、徘徊の症状も現れていました。 医師からは、アルツハイマー型認知症の中等度と診断されました。

    70代以上男性の家族(この人の治療体験)

  • 最初は味付けが濃かったり、無味だったりから始まり、調理の仕方がわからない。冷蔵庫に仕舞えない等の症状がでた。 今迄出来ていたことが出来なくなり、バスの乗り方がわからない、帰れない症状がでたときに、物忘れ外来の受診に至った。 脳のMRIをとり、萎縮が認められた。薬が処方され、認知症を遅らせると説明された。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 約束の時間が守れなくなり、目的地までたどり着けなかったり、2・3時間前の行動が思い出せず何度も同じことを繰り返し聞いたりすることが増えてきたため、当時患っていた病気の主治医の先生にご相談したところすぐに検査をしてくださいました。 検査の結果は認知症。すぐに心療内科を紹介され詳しく検査をしてみると「若年性アルツハイマー病」と診断されました。若年性であるため進行が早いと想定されると医師からの説明を受け、すぐに車の運転をやめさせるように言われ、投薬治療に入りました。

    60代女性の家族(この人の治療体験)

  • 以前から物忘れが多く、年のせいと案じて居りました。昨年末より夕食の準備をして出かけても他の家族から『夕食は』などとメールが入ってびっくりといった事が多くなってきました。体重の増加も見られ身体的に支障が生じてきたことから受診に至りましたが、そこまで行くのにかなり苦労しました。主治医の受診を受けるのに私が付き添うのを嫌がる母をだましだまし連れて行きました。そこで状況を伝え専門医へ紹介状を出してもらい嫁いだ娘の付き添いもお願いしつつ精神科受診が実現しました。 現在アルツハイマー型認知症と診断されて介護申請を実施し、要介護1の認定を受けています。精神科のDrからはデイサービスを利用して日中1人でいないで外に出て下さいね!と言って頂いたのですが、頑固に嫌がり利用できていません。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 私の祖母の話です。家族が、最近おばあちゃんの物忘れがひどいなぁと思いはじめたのが受診のきっかけです。年齢も80歳をすぎてるし、歳のせいかなとおもっていましたが、「今日は何月何日?」と5分おきに聞かれたり、「この家のものはご飯を食べさせてくれない」などと、被害妄想もありました。受診の結果、認知症で、介護度は要介護3でした。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 物忘れが急に異常に増えたり、真っ暗なテレビをぼんやり見ていたり、探しものばかりするようになり少しおかしいと感じて「ものわすれ外来」を受診しました。簡単な問診テストやMRI検査によりアルツハイマー型認知症と診断されました。進行具合はまだ初期段階と本人と家族に告知されました。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 私の祖母が認知症になり2012年10月に亡くなりました。94歳でした。私が結婚式を挙げる前から、何か意味不明な発言をして、みんなに不愉快な思いをさせるようになりました。 そして私が結婚して、実家から離れてから一度用事で実家に戻った時に帯状疱疹にかかり、それから様子がおかしくなったと母から聞いています。意味不明発言を繰り返す、暴れる、夜中にトイレで騒いで、尿やウンコを巻き散らかして、暴れるという症状が短期間で出ました。母が何度も汚れたところを拭くと暴れ、怒りだし、もうこれはおかしいということで、父達が近所のかかりつけ医に相談して、「認知症の可能性がある。すぐに紹介状を書くから」ということで、認知症専門病院で尚且つ私の兄の友人のお兄様がいらっしゃって認知症専門外来を受け持っているところを紹介してもらい、連れていきました。 すぐさま予約を入れて、認知度やMRIなどの細かい検査を行ったところ、攻撃型の認知症ということがわかり、特に暴言を吐いたり、嫌がらせをしてもその意識がないという点で、即入院させて隔離する必要があると宣告されました。 認知症でも、徘徊だけで済む穏やかなタイプと攻撃型というタイプがあるようで、祖母はいわゆる攻撃型の一番きついタイプでした。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

  • 日付が覚えられなくなり、休みだと言われている病院に何度も行くようになったことから、かかりつけ医に相談して受診させた。 当初は軽度であり、一人暮らしが可能であると診断されたが、ストーブを消すことができなくなったため、診断よりも重度であると判断した母が施設入所を決めた。家族で話し合って本人には伝えず実子である母が別の日に聞いた。

    70代以上女性の家族(この人の治療体験)

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