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乳がんに関する症状

更新日:2017年11月13日

このページでは、乳がんの治療を選択した方々の、どのように症状が現れて受診するに至ったのか?その際どのような検査や問診をしたのか?などといった、症状の発生から病気の確定までの経緯に関する体験についてまとめられています。

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  • 今年の6月の中旬に自治体の乳がん検診で検診の10日後に乳がんの疑いがあると市の保健センターの方が自宅に報告に来てわかりました。(その時私は脳内出血で入院していました)親から乳がんの疑いを聞かされた時は凄くショックでした。 毎年(8年間)受けていました。毎年受けてるのにどうして…と思いました。私が指摘をされた所は、右側の2:10の所でした。疑いを聞かされた時に指摘された所を触ってみてもしこりなんかわかりませんでした。入院した2,3日後に針検診と乳房MRIをやりました。 ちなみに1,5cmの腫瘍でステージ1でした。お陰様で乳がんの方は転移はしていませんでした。 話は違いますが脳内出血の方は、お陰様で麻痺はありませんでした。
  • 現在36歳です。33歳の時、授乳中に小さい砂粒程度のシコリが2つあって、母乳の詰まりだと思ってマッサージしていました。一個は詰まりがすぐに取れましたが、一個は何度やっても詰まりが取れませんでした。でも、上にも2人小さい子どもがいて乳がん検診にもなかなか行けませんでした。なので主人の職場の健康組合が補助をしてくれて在宅で受けられるガン検査キットを利用して、ずっと陰性だったので気にしていませんでした。卒乳して一年程たった頃、何気なく胸が痒くて触ったらゴロッとしたシコリに触れて、元々、貧乳だったのになんで気がつかなったんだろうと思う程大きなシコリでした。乳腺外科でマンモとエコー、細胞診をしてもらい、一週間後に悪性と診断されました。詳しい検査の結果、しこりの大きさは左乳房1.6センチの硬がん、グレード3、微小侵潤。リンパ節転移無し。ステージは聞いていませんが、おそらく1です。術前化学療法4回のち左乳房全摘手術予定です。
  • 2013年4月のマンモグラフィー検査では何も見つからなかったのですが、2012年秋頃にしこりがあることに気がついていたので、2013年夏に詳しく検査を受けたところ、ステージIIのトラプリネガティヴの乳がんでした。 リンパ節に転移はなかったのですが、3.5cmと大きく、すぐ抗がん剤治療に入り2014年2月に温存手術をしました。その後1ヶ月放射線治療へ通院しました。半年後の検査で肺に遠隔転移が見つかり、その後皮下脂肪、骨へと転移していきました。新薬の抗がん剤もたくさん試しましたが、なかなか合うものがありませんでした。2015年10月に転移したがんで骨折しないように大腿骨の補強手術をしました。その後1ヶ月自宅療養で放射線治療に通院していましたが、2015年11月中旬ひどい頭痛を訴え出したので入院しました。その時に脳への転移がわかり、余命1週間2週間と宣告され、入院から10日で亡くなってしまいました。

    50代女性の家族(この人の治療体験)

  • 人間ドックを受け乳腺エコーでしこりらしきものを発見され、精密検査としてMRI、マンモグラフィー、生検の結果浸潤性の乳がんが発見された。右わきリンパにも転移が見つかったため、ステージ2Aと診断されました。
  • 右胸の上部にしこりを自分で触って発見個人病院にて診察マンモグラフィーで影が見られた大きな病院へ紹介状を書いてもらい受診ステージIIIリンパ節転移ありマンモ、MRI、CT、超音波、生検医者からは癌とははっきり言われなったが病名で自分なりに解釈
  • 2006年5月15日の誕生日の朝、鏡を見ると首の右前に腫瘤ができていた。物を飲んだり、食べたりしても痛いし、つばを飲んでも痛い。それに上下に動く。近所のかかりつけの内科に診てもらい、紹介状を書いてもらって、翌日、大学病院に行った。甲状腺の病気の疑いで、腎代謝内科に通され、検査の後、午後には乳腺外科に通された。腫瘤が腫れて痛いので、痛み止めと腫れを取る薬をもらって帰宅。一週間後、甲状腺の検査をした。「甲状腺の病気だったら、〇〇病院が有名だけど。」とパソコンで検索しついでに、乳腺外科で出会った医師の名前を検索した。「乳腺外科だから甲状腺の病気の他に乳がんも診るんだ。」と思い、その日の晩、お風呂で何気なく自分の乳房を触ってみた。当時、まだ閉経していなかった。左はOK。でも、右の乳房の中に確かにしこりがあった。その2,3日後、甲状腺の検査結果を「大丈夫だったよ。」と言われた直後、「あのう、こっちにもしこりがあるんですけれど。」と言った私に医師は、「どうやってみつけたの?甲状腺だけで帰さなくてよかった。」と言った。その後、細胞診、組織診などの検査を受けた。「どっちでも良いように覚悟してきてね。」と言われた私は、「覚悟を決めた。」結果は、「乳がんでした。」でも、奈落のそこに落とされたのではなく、「だから、私がここにいるんだよ。この病気と一緒に戦っていこう。」と医師に言われたように感じた。当時は、詳しい重症度やステージの説明はなかった。でも、手術方法を決めてくるように言われた。「温存(部分切除)か全摘か決めてきてね。」と。
  • 左乳房にしこり1つあったので外科へ、そのときはがん細胞ではないとの結果2年後しこりが2つになっててエコー検査をしたところはっきりしないので細胞をとって検査。しこりの1つ癌細胞でした。温存手術をしたほうが良いとの事でした。初期の乳がんでした
  • 以前から、少し痛みのある脇の下のしこりが気になっていて、丁度、集団検診があったので受けてみたところ異常とみられ病院で精密検査を受けた。結果はステージIIで、医師からは写真をみせてもらいながら説明を受け告知された。
  • 4年くらい前からしこりがあり、半年に一度定期的に検査をしていたが、ある日突然乳頭から膿と血が出るようになった。悪性に変わったようです。これまで通っていた病院では同時再建は出来ないため、先生の紹介で同時再建の出来る腕のいい先生のいる大学病院に移りました。
  • 定期健診で見つかり再検査して発覚。最初の病院から違う病院を探し今の所に出会う。まさか自分がなるとは思っていなかたので相当ショックでした。ステージ0だったが乳管にあったため全切除。でも今思えばよかった。
  • 2011年3月もしくは4月、お風呂に入ったとき、胸に違和感を覚え、不安になり、乳腺科を受診する。マンモグラフィとエコー検査など行った結果、6月に乳がんだと告知される。その時の段階はステージIIbであった。
  • 子宮筋腫の方が気になって、受診ついでに胸の方の健診をしたら、みつかりました。それからメインの病院を紹介してもらい、あらゆる検査の結果。右房にステージIaのしこりがあり、たまに乳房から出血もあったため乳房切除手術した方が良いと言われました。
  • 健康診断で精密検査を進められる。自覚症状なし。エコー検査で構築の乱れが認められ、細胞の検査を行い、医師より、2015年2月、腫瘍1,5センチ、ステージIと診断される。その後、精密検査(CT、MRI、骨シンチなど)で腫瘍4,5センチ。温存手術は難しく、全摘を進められる。
  • 元々しこりが10代のころからあって3年に一度程度の受診をしていたが今までは良性。でも夏前から大きくなったように思い受診。ステージ3。リンパ転移ありでリンパを何本か切除。5センチ大のしこりを部分切除する。
  • オマーンで自分でしこりがある事に気付き受診しましたが、動くので大丈夫だろうという事で帰りましたが、1,2ヶ月すると痛みが出て来て別の病院で受診、大丈夫だろうと言われましたが、一応マンモをとると、癌でした。日本に帰って病院にいくとステージ3Aといわれました。リンパへの転移はありましたが、その他への転移はないという事でした。
  • なんとなく胸を触ったら固いものがあったが最初は深く考えていなかった。半年ぐらいたった時なんとなくおかしいと思い、乳がんかもしれないと考え出した。ちょうど健診の案内があったので対象の健診対象の病院に電話で問い合わせてみたら受診科を教えてくれた。思い切って外科外来を受診したら検査をするが間違いなく乳がんだろうと言われた。すぐに検査を受けたが結果を待つ間、ネットサーフィンでいろいろと検索していた。検査結果は白だったが医師が納得していなくて検体の再採取をすることになった。2度目の検査でステージ2B、トリプルネガティブタイプと言われた。すぐに手術をと言われたが自分で調べた中に術前化学療法が標準治療とあったがその病院ではしていないとのこと。やたらと手術を勧められ、早くしないと悪くなると脅されるように言われた。1週間後県立がんセンターへの紹介状をもらって転院、がんセンターで話をして術前化学療法から治療をすることになった。
  • たまたま人間ドックのマンモグラフィーで見つかり、その後指定の病院にて再検査(細胞を採取)を受けたところ、乳がんと判明。それ以前は触診のみで初めてのマンモグラフィーでの検査だった。(ちなみに検診表結果の触診では異常なしであった)その際には家族を連れてきてほしいといわれ、弟と共に告知を受けた。結果、ステージ1といわれる。その際に医師より入院手術の計画表など説明を受ける。もちろんセカンドオピニオンの説明もあった。が、そこでの治療を選択した。
  • 主人の健診のマンモで1年前から石灰化部分があり要観察と言われていた。一年後の健康診断で"要精密検査"とあり医師と相談し紹介を受けた総合病院の乳腺外科にて細胞検査をしたところ、「悪性の腫瘍ですね。乳癌です」と告知を受けた。
  • 2015年4月ある日突然胸に体感5cmぐらいの塊を感じた。リンパにのいっていたので、ステージ2B。全摘してリンパかくせいし、その後抗がん剤治療、ホルモン治療といわれた。細胞診断の時点でハーツー陰性1+、ホルモン2種陽性でした。
  • しこりがあることに気が付いて受診した。触診の段階で乳がんであることを告げられた。詳しい検査の結果、ステージ1の乳がんであった。手術後、乳がんがホルモン依存性の癌であり、硬癌の部類に属する小葉癌であったことが分かった。
  • 定期的に受けていた人間ドッグのマンモグラフィで疑いがあるといわれた。セカンドオピニオンを求め現在経過観察中のクリニックで乳がんの再確認をいわれた。手術をできる病院を紹介してもらい手術に至る。ステージは0.
  • 人間ドックで再検査を言われて受診。最初の病院ではグレーゾーンで別な病院を紹介された。そこでは検査中からがんが確信され、結果が出る前から手術に備えた検査も開始。結果が出る日は家族と一緒来るよう言われ、主人と共にステージ1のガンであると宣告された。
  • 何気なく胸を触ったらしこりに触れたので翌日受診。マンモグラフィ・触診・CT・針生検。即、告知。温存する場合のデメリットなどを聞き、全摘手術、ホルモン療法と診断。医師からステージなどは聞かされていない。
  • 2015年4月に自分の感覚で直径5cmくらいの感じの塊を感じた(前日までわからなかった)。あまりに大きすぎ、いきなりなのでとても乳がんは疑わなかった。これまでずっと2年に1回大阪市のマンモグラフィィを受けていて2ヶ月後の6月10日がその日だったので、待つことにした。6/23の結果、要精密検査、約10日後の7月3日、個人の乳腺外科に行く。その場で乳がんだと伝えられた。すぐ細胞診、7/23の結果は間違いなく癌。そこでもう一度癌の種類の検査をしました。7/29にCT、8/3にMRI、8/17に入院し8/19に左全摘手術をしました。8/28に退院、8/30に抗がん剤の為のポートを埋め込む手術をしました。9/8ポートの抜糸、9/11から初めての抗がん剤でした。FEC。それから3週間おきに4回、次にパクリタキセルを1週間おきに16回しました。病理はホルモンは2種とも陽性、ハーツーは1+陰性、グレード2です。リンパにも行っていたのでリンパ12個取った中、2個が陽性です。
  • 2005年にしこりに気づいて受診したがガンではないだろうと言われて放置していたが、明らかに大きくなっているのがわかったので別の総合病院を受診した。そこで乳がんと診断され、セカンドオピニオンで乳がん専門病院に行きステージIIbと診断。私と付き添っていた両親が明らかに動揺したからか、セカンドオピニオンもあるし、けれども早くしたほうがよいといわれた。
  • 自覚症状があったが2か月後に会社の健康診断があるからとそのままにしておいた。進行が速いタイプだったので、その間に病巣がどんどん大きくなり、健康診断の時に怒られた。当初の診断時には温存もあり、と言われたが、進行がはやく、そうこうしているうちに、広がってしまい、温存といっても、かなり広範囲の切除になるといわれ、皮下乳腺全摘、シリコンによる同時再建手術を受けた。腫瘍は110×70の範囲に広がっていて、術後の病理も、非浸潤であるがハイグレード、Her+3Ki67も高く、ホルモンは陰性でした。
  • 自覚症状はなかったが、乳房の引きつれを発見し受診。これはガンだろうと思っていたので、特に驚きはなかった。遠隔転移はなかったのでステージIIIだが、リンパ節への転移が多かった(採った組織の2/3がガン)。医師の告知は『風邪ですね』程度のものだったが、乳房再建について訊ねると『今はそんなことより生きることを考えましょう』と言われ、深刻さを理解した。
  • 右胸上部ににしこりを自分で見つけて乳腺外科に行った。触診、エコー、細胞診、CT、MRI等で乳がんと診断。ステージは特に医師から告知されなかったが、検査の結果温存手術と放射線治療が必要であると言われた。
  • 胸にしこりは数年前からあったが、やせていて骨だと思わなかった。30代後半にみつけたが健診も言われず受けていなかった。40代に入って健診を受けようと思ったが、痛いと言われていたので、なかなか足がむかなかった。そうしているうちに胸に激しい痛みを覚えて受診。ステージ2。乳腺が全て癌に侵されているので、全摘と言われました。
  • 右の乳房にしこりを感じたので受診その日の内に針生検、エコー、マンモグラフィーを受け、一週間後にガン告知ステージはこの時点では1しかし、実際に手術してみたら、リンパに二個転移があり、ステージは2b

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