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転職を繰り返したADHDの女性が、配慮のある仕事に出会えた理由とは?

「私は他の子とは違うんだ…」。忘れ物が多い、人との約束が覚えられない―。埼玉県在住の小川さゆりさん(仮名・43歳)は、子どもの頃から周囲とのズレに悩んできたと言います。ADHD(注意欠如多動性障がい)だとわかったのは社会人になってから。仕事のミスが続き、また周囲の理解も得られなかったことから転職を繰り返してきましたが、障がい者と企業のマッチングサービス「MyMylink」(マイマイリンク)を利用したことで、働きやすい企業に出会えたそう。「仕事を任せてもらえる喜びをやっと感じることができました」。こう話す小川さんに、障がいに悩んだ半生や転職活動について聞きました。

掲載日:2017年07月11日

転職を繰り返したADHDの女性が、配慮のある仕事に出会えた理由とは?

自分のやることがわからない 自信を失っていった子ども時代


ADHDは発達障がいの一つで、生まれつき何かに注意を向けるのが苦手だったり(注意欠如 、不注意)、じっとしていられず必要のない行動をしたりする(多動)といった特徴があります。小川さんに多動の傾向は少なかったものの、顕著だったのが不注意でした。


教材や筆記用具を学校に持って行くのをよく忘れ、友達と遊ぶ約束も覚えられずにすっぽかしてしまう。理科室など他の部屋に移動する際にもどのタイミングで動けばいいかがわからない。


「こうしたことは多くの人が自然とできるようになっていくことかもしれませんが、私は小学校の高学年になってもできませんでした。役割が決まっていないことは特にそうで、調理実習や掃除などの共同作業では自分が何をすればいいかわからず、立ち尽くしていた記憶があります。多動ではないので周囲には目立ちませんでしたが、自分の中では『私は人と違うんだ』という感覚が強くなっていきました」


当時、ADHDや発達障がいに関する世間の理解は今よりもさらに乏しく、親や教師からは「注意が足りない」の一言で済まされていたそうです。「気をつけなさい」などと頻繁に親から注意されるものの、どう気をつければいいかがわからない。小川さんは周囲からの注意や叱責を受けるにつれて徐々に自信を失っていきました。


「まさか生まれつきの障がいとは思わなかったので、中学に上がる頃には既に、自分はできない人間、ダメな人間なんだと思い込んでいました。誰かに相談したくても『あなたがだらしないから』と言われるに決まっている。そう思い、悩みを打ち明けることもできませんでした」


それでも大学生の頃までは「何とかやり過ごしていた」と話す小川さん。障がいの影響が大きくなったのは社会人として働くようになってからだと言います。




仕事では何度もミスが続き、会議で攻められ不眠が続く日々

新卒で入社したメーカーではパソコンへの数字の打ち間違えが何度も続きました。その後転職したシンクタンクでも特に正確性が必要とされる統計データの入力でミスが続き、その数は同僚と比べても仕事に支障をきたすほどでした。


「発達障がいの人は客観的に自分を見つめることが苦手だと言われますが、私もそう。ミスを減らそうと思っても具体的な対策まで落とし込めなかったのです」


ある日、会社でミーティングが開かれました。参加者10人の中には小川さんもいました。事業に関する話し合いが進む中、突如として話題は小川さんに及びました。上司は小川さんを見ながら、こう言ったそうです。


「小川さん、何度もミスしているけど、何か対策は考えてきた? それでどのくらい改善できるか教えて」


一斉に注がれる視線。小川さんは恥ずかしくてしどろもどろになり、うまく答えられませんでした。「私は何でこんなにバカなんだろう…」。悲しい気持ちが胸いっぱいに広がりました。




この出来事をきっかけに仕事へのやる気は落ち、不眠に悩むようになりました。寝つきが悪く、朝に起きられない。睡眠時間が2,3時間の日が続きました。日中は体がだるく、気持ちはさらに沈んでいったため、病院の精神科を受診し、服薬をしながら仕事を続けました。


そんなある日、小川さんは抑うつ状態のことを勉強したいと精神疾患に関する本を書店で探していました。手に取った本をめくっていると、発達障がいに関する記述が目に飛び込んできました。掲載されている発達障がいの特徴と自分のそれが似ていました。


「もしかしたら、私は発達障がいなんじゃないか」


本の巻末に掲載されていた発達障がいの診断を行っている医療機関を受診し、「ADHD」と診断されました。


「障がいの響きには正直、ショックを受けました。しかしそれ以上に、うれしい気持ちの方が強かった。自分がバカだったからじゃない、今までのミスは自分の努力不足によるものじゃないことがわかってほっとしました」


「ADHD」を開示して再就職しても、やりがいを感じられない寂しさ

ADHDと診断を受けた後も、医療機関に通院しながら派遣やアルバイトの仕事を続けていました。しかし、周りから聞こえる声全てを拾ってしまう特性(聴覚過敏)から 、必要以上に集中力が求められ、一定の能力を保つために要する労力とそれに伴う疲労が大きかったのです。障がいを隠して働くことの辛さを感じました。また、経済的な安定や信頼を得るためにも「障がいを開示して自分に合った仕事をしたい。理解のある職場で長く働きたい」と思うようになっていきました。



「精神障害者保健福祉手帳」を活用し、ハローワークで紹介された企業へ入社しました。しかし、


「発達障がいの人を雇うのは初めてだったようで、社員の方はどんな仕事を与えれば良いのかわからないようでした。私の方から上司に尋ねても『仕事はあるにはあるけど、上に確認したいと…』と返されてしまって。まるで腫れものにさわるよう。私でもできることはあるはずなのに…。」


障がいを開示したことで、変に特別扱いをされ、自分は必要とされていないという思いをより強く感じるようになりました。


そして、理解してもらいたい、役に立ちたいという気持ちはさらに大きくなりました。



配慮のある企業に出会いたいとMyMylinkに登録


小川さんがMyMylinkを展開する「株式会社スタートライン」(東京都)を知ったのは2009年。同社は企業の障がい者雇用支援を行っていますが、その一環として同社のサポートスタッフが常駐するスペースの一角をサテライトオフィスとして提供し、その企業が雇用する障がい者をリアルタイムでサポートする「サテライトオフィスサービス」も行っています。発達障がいを抱える小川さんの友人が、その「サテライトオフィス」で働いていました。



今までの経験から、配慮のある企業と出会いたいと思い、小川さんは2017年そのMyMylinkに登録しました。

MyMylinkは障がい者向けの求人サイトで、精神障がい者を中心に障がい者を雇用したい企業約1000社が登録しています。小川さんはこのサイトを通して、現在働く「株式会社ガイアックス」(東京都)と出会いました。


小川さんがMyMylinkに掲載されていたガイアックスの求人に応募すると、採用に至るまでスタートラインのスタッフによる以下のようなサポートを受けました。


・ガイアックスとの仲介役として条件や面接日程の調整をする

・面接を受ける前に予め、障がいについての詳しい内容や個人の特性を企業に伝える

・採用面接に同行する


「面接に同行してくれたことは特に心強く思いました。自分一人だとなかなか障がいのことを伝えづらいんですが、スタートラインのスタッフさんは発達障がいのことにも詳しく、温かくガイアックスさんに口添えしてくれました」




小川さんが入社したのは5月。ガイアックスは企業のオウンドメディア作りを支援するほか、複数の企業がオフィスを共有する「シェアオフィス」も展開しています。小川さんはそこでオフィスの清掃や備品の管理などを行っています。


入社してまだ間もないですが、早くも働きやすさを感じているという小川さん。


「『これやってもらえる?』などと社員の人が積極的に仕事を振ってくれるのがうれしい。仕事を任せてもらえる喜びを感じられています」


スタートラインが掲げるコンセプトは「障がい者と企業のおうえん団」。MyMylinkにはマッチングサービスのほか、就労支援機関などの第三者が応募者の長所などを紹介するメッセージ掲載機能もあります。また、サイトの登録者を対象に必要なスキルを身に着けるための研修も行っています。




障がい者の雇用を希望する企業にとってもMyMylinkは頼もしいおうえん団だとガイアックスの担当者はいいます。


「細かなやり取りで雇う側、働く側、両者の条件をすり合わせ取りまとめくれる手厚いサポート力があります。また企業の雰囲気から、希望する求人のニュアンスを感じ取ってくれるため、より希望にそった人材を紹介してくださいます。」




小川さんは就職、転職活動を行う障がい者に向けてこうメッセージを残してくれました。


「一人で抱え込まず、医師や行政機関、スタートラインさんのような民間企業などいろいろなサポーターを頼りにしてほしい。私も長く悩み続けてきましたが、諦めないで情報収集し、行動を起こしたことで道を開くことができました」

著者情報

治療ノート編集部
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